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2024年 9月

対話型生成AI

 Windows 11の新しいPCを購入したところ、タスクバーに見慣れないアイコンが・・・。何だろうと思ったら対話型生成AIの“Copilot”。
 Windows10のPCで使っているワイヤレスマウスをWindows 11で使うとポインターの動きがカクつくので、早速「原因と対処法を箇条書きにして教えて」と入力したところ、回答がスラスラと並んだ。ブラウザにキーワードを入れて検索するよりもずっと早く目的の情報が得られるし、出典元も記してある。
 Copilotに外国語の翻訳レベルの自己評価を尋ねると、「精度が高く、専門用語にも対応できる」との返事。更に突っ込んで聞くと、音楽理論や音楽史の論文の翻訳、PDFファイルの翻訳、要約の作成も可能だとか。(私)「それは凄い!期待してるよ」と返すと、(生成AI)「お役に立てることを楽しみにしています」と来た。若い頃に見たSF映画『2001年宇宙の旅』のコンピュータHALを思い出した。
 それでちょっと気になって試しに「ドビュッシーの作風の特徴について300字でレポートを書いて」と入力したら・・・
「クロード・ドビュッシー(1862-1918)は、印象主義音楽の先駆者として知られています。彼の作風は、従来の調性や和声の枠を超え、自由で感覚的な響きを追求しました。ドビュッシーは全音音階や五音音階、教会旋法を多用し、和音の機能性を排除することで、独特の音響空間を創り出しました。また、彼の音楽は自然や絵画から強い影響を受けており、特に印象派絵画のように曖昧でぼんやりとした音の輪郭が特徴です。代表作『牧神の午後への前奏曲』や『海』では、自然の風景や雰囲気を音楽で描写し、聴衆に視覚的なイメージを喚起させます。さらに、東洋音楽やジャポニズムの影響も見られ、異国情緒あふれる作品も多く存在します」とお手本のような回答。
 これでは学生さんたちがAIに飛びつくのも無理はない。教育現場は既にこの類の提出物の評価で苦労しているのではないだろうか。

2024年 6月

日本における最初の音楽コンクールの名称

 

 小松耕輔が昭和2年に始めた日本初の音楽コンクールの名称について、ある新聞記者から「合唱大音楽祭」なのか「合唱競演大音楽祭」なのか、どちらが正式なのかという質問を受けた。

 私が2014年10月に秋田魁新報に寄稿した文章(当ホームページの「小松耕輔の業績」の短縮版に相当)では「合唱大音楽祭」とした。その根拠は小松耕輔が昭和36年に執筆した『わが思い出の楽壇』である。同書には第1回のプログラム冊子の表紙の写真(画像)が載っており、そこには“競演”の文字は無い。また小松は同書で「当日のプログラムのはじめに私は『国民音楽協会の創立と合唱大音楽祭とについて』と題して書いた」とか「『合唱大音楽祭』という名については面白い話がある」と書いていて、この名称を4回使っている。更には「後にコンクールを競演会と訳して用いた」と書いている。プログラムの表紙には「大」の字は無いが、私は小松が著書で複数回用いた名称を引用して魁新報に寄稿した。

 しかし小松耕輔が初代理事長を務めた全日本合唱連盟のウェブサイトの「沿革」では昭和2年に「第1回合唱競演大音楽祭が開催」とある。それで新聞記者はどちらが正式なのか迷ったようだ。

 小松は名称をコンクールとしたかったようだが、反対意見があって実現しなかった。小松は『わが思い出の楽壇』でこのプログラムの表紙の写真と共に「(昭和二年)十一月二十八日、午後六時半、日本青年館においてわが国における最初の合唱競演大音楽祭が行われた」と書いている(しかしこの名称が登場するのはこの1回だけ)。コンクールという名称を使いたかった小松の思いがこの一文に滲み出ている。名称に諸説ありの原因は小松耕輔自身ということか?