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2022年 1月

私のオーケストラ作品について

 

 私のオーケストラ作品の『五つの扉』が、3月31日にミューザ川崎シンフォニーホールにおいて、高関健さん指揮の東京交響楽団によって初演される。このコンサートは一般社団法人・日本作曲家協議会が3月28日から31日まで4日間にわたって開催する「アジア音楽祭 2022 in Kawasaki」の最終日のオーケストラ公演で、私の作品はそのプログラムの中の1曲として取り上げられる。主催事務局から作品の解説文を200字で書いて欲しいとの依頼があって提出したが、この字数ではどうしても言葉足らずになってしまう部分があるので、ここに詳しく述べておきたい。

 まずタイトルの『五つの扉』に関してであるが、人間の感情は、喜び、怒り、嫌悪、恐れ、悲しみの五つに分類されるとも言われている。但し分類の数は六つとか八つ、あるいはそれ以上に細かく分けるとか、学説がいろいろあるようだが、私の作品は感情を分類して、各々を個別に描くことを目的としたものではない。人間の感情は一定ではないし、刻々と変化し、強弱が生じたり、複雑に入り混じったりもするものだ。そうした感情の起伏や移ろいを物語風に表現したバレエのパフォーマンスをイメージしてこの曲を書いた。だからバレエ音楽的な装いを意識した作品になっている。

 そのイメージとは「五つの扉がある空間(ステージ)に一人の人物が登場して扉を開ける。するとそれぞれの扉を開けるごとに、明暗や空気感の異なった光景が眼前に現れる。しかしその光景は、実はその人物の感情を映し出した“心象風景”であり、その風景が次から次へと移り変わっていく」というものである。つまりこの作品は、外からは見えない感情の移ろいを音楽によって具象化して描くことを意図している。

 曲は「プロローグ」「第1の扉」「第2の扉」「第3の扉」「第4の扉」「第5の扉」「エピローグ」の7つの部分から成っている。「プロローグ」の冒頭では扉(即ち心の扉)を開けることの象徴として鐘の音が提示される(下記譜例)。

 この長2度の響きは、作品全体を構成する要素となっていて、「第1の扉」からは音域や音色を変えて展開されていく。そして「第5の扉」の部分はこの曲の中では最も長く、それまで様々に、時には激しく揺れ動いていた感情が徐々に静まり、葛藤から解放されて心が安らいでいく場面になる。最後の「エピローグ」では再び鐘が鳴って、静かに扉が閉じられて曲が終わるという流れになっている。

 オーケストラの編成はフルート2,ピッコロ1、オーボエ2,イングリッシュ・ホルン1、クラリネット(B管)2,バス・クラリネット1、バスーン2、コントラバスーン1、ホルン4、トランペット3(C管1,B管2),トロンボーン2、バス・トロンボーン1、テューバ1、打楽器奏者4(ティンパニー奏者を含む)、チェレスタ1,ハープ1、第1ヴァイオリン(14)、第2ヴァイオリン(12)、ヴィオラ(10)、チェロ(8)、コントラバス(6)となっている。

 最後に、この作品を書いたきっかけについて触れておきたい。それはエドガー・アラン・ポーの詩集を読んでいた時に知った "The Bells" (『鐘のさまざま』)という詩にまつわるエピソードだった。ポーは詩を書こうとしてもインスピレーションが湧かず、おまけに教会の鐘の音がうるさくて悩まされていた。そんな時、世話をしてくれていたシュー夫人という人がペンを取って紙に"The Bells, by E. A. Poe"と書き、続けて "The Bells, the little silver Bells," と書くと、ポーがその後を続けて書いていったそうだ。出来上がった詩は、楽しく胸が躍るような鐘の響き(そりの鈴の音)、祝福するように華やかに鳴り響く鐘(結婚式の鐘)、騒がしく恐怖を煽るように鳴り響く鐘(火事の鐘)、陰気に鳴り響く鐘(葬儀の鐘)を描いた詩だった。

 鐘の音自体は変化するものではない。しかし鳴り響いている場の状況や、その時の人間の心理状態によって響きの感じ方は変わる。目に見える周囲の景色も同様で、その人のその時の心理状態によって印象や見え方が違ったりする。この観点から、不変的な要素(前述の長2度の響きの反復)を可変的なムーブメント(感情の揺らぎの描写)に織り込んで、その展開をストーリーが感じられるように構成してみようと考えて、この作品を書いた。